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3歳に踵落としってどういうことよ・・・。

考えたこと 考えたこと₋ニュース

いつまでたっても、虐待のニュースが入ってきます。

人によっては、「昔からあった(事故として処理されていた)」と、本当か嘘かわかりませんが、でも、ちょっとそうかも、という意見を仰います。
たとえ、そうであっても、昔からあったから、今もあってもいいというものとは、絶対違う。

 いずれにせよ、子どもに罪はなく、命を奪う権利はありませぬ。

3歳という年頃の、いちばん可愛い、いちばんワガママしていい時期を過ごすことなく、逝ってしまった子。

写真の愛らしさに、おばさんは、泣きたくなります。

 

今回の母は、子のことを可愛がっていたと聞きます。

きちんと検診も受けていたと聞きます。

 

でも、環境として、

  • 実父はどうしてしまったの?
  • 祖父母はどうしてしまったの?
  • なぜ、母は、加害者と出会ってしまったの?
  • 加害者は、なぜ暴力団に入ってしまったの?
  • 加害者は、なぜそんなに感情をコントロールできないの?

 

 

自分の体感上では、感情のコントロールができない大人が、増えている気がしています。

おそらく、学校でも同じなんだと思います。

教育書の売り場では、「感情コントロール」「アンガーコントロール」「ソーシャルスキルトレーニング」という本が並びます。

 

それが、持って生まれたものなのか、環境のためなのか、わかりません。

しかし、戦前戦後から、高度成長期を経て(よく知りませんが)、大きく現代の社会へと変わっている中で、大人が正しいことを伝え、誤っていることを律するという、当たり前だったことが、当たり前ではなくなっているんだと思います。

何が大きな原因かはわかりませんが、結果として、コントロールできない大人が増えている。そんななかでての「生物として良い年齢に産めよ、育てよ」という大人の事情は、どうも、しっくりしない。

「どのように、育てるのか」という線がつながっていないと、何十年後の社会にはつながらない。

子どもが親を育てる、とは言いますが、それは「子供に愛情をそそぐ」「弱いものを守る「生きる知恵を伝える」という生物としての土台が育っていてこそ。あるいは、近くに補える人がいて、親を支えてくれてこそ、だと、思います。

この家族はどうだったのか。

母、加害者の男の家族は、もって生まれた気質はどんなだったのか。

今、身の回りの、一緒にいて、ほっとする家族は、母親だけではなく、父親、そして、家族によっては、祖父母や友達らも見守っている印象がある。

どうしても、見守りが少なくなる家庭には、やっぱり、誰か(公的なところが大きいか)が手を差し伸べてほしいのになぁ。

 

ひどい言い方ですが、数が増えたからって、質が伴ってなければ、利は少ない場合があるってこと。

その質をどう保つか、が日本のものづくりだったし、人づくりなんじゃなかったのかな。

まとまらず、すみません。あくまでも、私的な思考です。

3歳のお子さんのご冥福を。