まめまめ日和

40代からの日々の生き方、暮らし クラウドソーシングを利用したしごとについて

納棺師の技を見るところから始まって、初七日法要まで終えました。

無事に通夜、葬儀と初七日の法要まで行いました。

疲れと緊張と酒でオトンが最後壊れて、結局オカンが〆るという・・・。。。

片づけの間、ホールに預けられる父。

 

慣れない着物での1日で、大変大変疲れました・・・。

で、家に帰ったら、仕事に備えて、会食を抜けて一足先に帰ったはずのオットからのLINE。全席指定の電車に乗れず、飛行機に間に合う手段がなくなり、葬儀場に戻るのも心苦しく、ミスドでコーヒーを飲んで過ごしていたオット、残念な感じで出戻ってまいりました・・・。

 葬儀会場のスタッフさんも苦笑いの1日でした。

 

さて、

納棺は、まさに「おくりびと」の世界でした。

じいちゃんのときも良かったけど、今回も良かった。

ありがたい仕事だなぁと思いました。

 

ばぁちゃんは、甥姪たちに慕われていました。本当に。

ばぁちゃんのために集まった供物(菓子)が大量過ぎて、廊下に段ボールがあふれかえっていましたが、オカンが近所に配り歩いて大分減りました。

私も、子どものいる友達に配ったりしています。

 

ばぁちゃん、昔の人というか、苦労したからというか、知っていたつもりでしたが、想像以上に信心深かったみたいで、法名(宗派によっては戒名)も、じぃちゃんと一緒に生前に貰ってたし、何かとお寺にも参っていたようで(知っている以上に)、大変丁寧なお経をあげてもらいました。(優良顧客?)

 

私の紋付着物もずいぶん前に準備されていました。

着る日が来ないといいなぁと思っていましたが、そうもいかず、でした。

 

ばぁちゃんは、施設に入所してから、誤嚥を繰り返しましたが、機能的にはしょうがないところも多かったです。スタッフさんたちのおかげで、基本的には穏やかにすごせて、オカンも、自分も、良い意味で「あきらめ」ができてきたというか、何年もかけて、ゆっくりゆっくり心の準備をしてこれたんだろうなと思います。

 

誤嚥からの何度もの復活は、もちろん、病院のスタッフさん、施設のスタッフさんのケアがすばらしかったのだと思いますが、でも、なかなかない復活を繰り返したと思います。最後に残った骨は、本当に小さくて、少なくて、かるーくて、頑張らせすぎたなぁと思いました。

 

なんていうか、最後の、特に約10日間の鮮やかな人生の終い方を思い返すと、ばぁちゃんは、私が受け止められるくらいまで頑張ったんだと思えます。

ちょっとね、私の精神年齢的に、多めの年数が必要だったんだよなぁ。申し訳ない。

 

法名の「心願」は、よくまぁ、良い名前をもらったと思います。

 

これから49日まで「中陰」といって7日ごとに閻魔大王の裁きを受けるんだって。

なんか、怖い目に合わないといいなぁ。

これで、浄土にいけんかったら、誰が行くねんなぁ。

 

オット、 空港には結局車で送っていきました。

今日の海と空は綺麗だった。 


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