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日本の給料職業図鑑を眺めていたら、進路選択について考えてしまったので文字化させてください。

考えたこと

日本の給料職業図鑑。

本屋さんで見かけてパラパラと自分の職業(というか持っている資格)を見てみました。

 

結構細かい分類をされていると思う。

結構細かく分類されていて、自分の職種、一応ありました。

たとえば、医師にしても、●●科、××科って分けてありますね。

 

自分は・・・生涯年収1億5千万かぁ。

 

大卒で定年まで働く計算だろうから、実質その半分くらいだろうな。

今の仕事以外に、なれば良かったなぁ、あのときこっちに行っておけばなぁという職業と比べてみたりして、あまりの生産性のなさに閉じました(=_=)

 

 

中学生とか高校生におすすめ。

意外な職業が、意外な描かれ方をしているので面白いですよ。

RPG(ロールプレイングゲーム)が好きな人にもおすすめ。

 

「13歳のハローワーク」が発売されたときも、「何故もっと早くなかった・・・」と思ったものです。

ちょっと調べたら、新しくなってた。

 

中学生とか高校生は、やっぱり自分の知っている仕事しか、未来予想図を描けない。

色々経験させてくれる家庭だったり、子ども自身が自分で質問したり、どんどん調べて動けるバイタリティを持っていたり、有無を言わさず経験できる環境だったり(田舎<都会かな)、経済面も大事だと思う。

 

他にも要因はあるんだと思いますが、進路を決める時期の子ども達の「仕事」というもののイメージには個人差があって、そして、選択肢の狭さって結構その子に合わない進路を選ばせちゃったりするんだよね、と考えていました。。。

 

周りが「その進路合わないなぁ」って思っていても、本人に具体的なイメージがないから、じゃぁそっちにする、ってなかなかいかない。

思春期の頃なんて特に一回決めたら、なかなか変えないですよ。

今も思い出します。私が大学を決めた時、ばぁちゃんはすごく反対して

「そこに行って、その後どうするの?」って言ってたんです。

ちゃんと言ってくれてたんです。

 

 

逆に、親の思いが強すぎる場合もあると思うんですよね。

「この子絶対対人援助向いてない…」っていう子が、「食いっぱぐれないから」って看護学科に行くとか。

担任や進路指導が適当だったら、もうね。。。。

 

たとえば交通環境の違いだけでも経験に差がでる。

さて、私ののほほん10代を振り返ってみたいと思います。

近場で過ごしてしまったよ。

私は、地方で生まれ育ち、中学は自転車で15分、高校は徒歩5分。

電車なんてほとんど乗ったことないし、バイト禁止だし、校則破ってまでバイトする場所もないし、部活も忙しいし、それでもバイトしたらすぐばれるし。

 

情報は2次元。

PCなんてないから雑誌を買うくらい。non-noとか、今は月刊誌ですが、月に2回発行されてたんだよ。

 

兄弟姉妹がいたら違ったのかな。

私は一人っ子だったのと、兄弟姉妹のように過ごす親戚も少なかったので、表面的な「●●ちゃんは、××大学に行った」「△▽に就職した」くらいの情報は入ってきますが、表面的にすーっと流れていく程度。

 

そうすると、本当にリアル経験が少ないんです。

 

ちなみに、去年まで住んでいたあたりでは、電車に乗って通学し進路選択のために見学に行くのも定期圏内で行けることもある。最初興味がなくても、友達が行くから、といって出かけていく。もちろん、田舎ならではの職種は身近にはいないけど、でも意外とそう遠くない距離で出会えたりする。

 

いざ進路といっても、自分の中で知っている職業は、医者、看護師、市役所の人、ガス会社の人、旅館の人、そんな感じ。そして、描いた進路も、別に身近だったわけでもなく、テレビか何かで見たものでした。 

なので、実際に大学進学した後に「あれ?ここに来てどうするの?」ってなってしまった。周りのみんなの経験値の高さや、思考の深さ、行動力に、どんどん置いてけぼりになってしまった。

「働く」ということへのイメージ力も弱く、新卒採用も氷河期。

誰を責めるわけにもいかず、自分を責める。結構闇の時代がありました。

 

自分なりにもがいて、今に至りますが、回り道しましたねぇ。

そういう回り道、もちろんした方がいい部分もあるけど、しなくてもいいんじゃないか、とか、別の方法で対応できたんじゃないか、とも思うときがあります。

 

そのひとつの手段が、やっぱり「選択しようとすることを、もう少し具体的に知っておくこと」「自分の身体を動かすこと」だったかなと思います。

 

職業に興味をもったら、少しでもリアルを感じれた方がいい。

こと私に必要だったのは「選択肢について2次元ではなく3次元で知れる環境」「自分で動いたというリアルな経験」でした。

頭でっかちになり過ぎても良くないんです。

今もなお、実際に選べる、調べられる、見学できる、話が聞ける環境にいる子たちをうらやましいなと思います。

 

しかし、現代の子どもたちの教育環境も、子育て環境も、すごく個人差があります。

本当に貧困ってあるのかな、って思っていたけど、あるんです。

そして、貧困層にある子は、それが「当たり前」なので、あまり気づかない。

そんな我が家は、めっちゃ庶民で、今思うと、ある時期は本当に貧困層に片足つっこんでたにも関わらず、当時、大学に行かせてくれたことは本当に本当に感謝です。

大学に行って学問は自分には向いてなかったけど、世界が本当に広がったから。

 

現在、不登校の数ってすごいんですよ。

クラスに1~2人はあたりまえ。あたりまえすぎて話題にならない。

その背景には色んな理由が潜んでいて、子ども自身が今通っている学校に見切りをつけたりすることもありますし、発達障害のような生きにくさを抱えている場合もあります。そして、貧困や虐待も隠れていることがあります。

自信のない子ども達、未来が見えない子ども達、そういう子たちが、これから育ってくれないでどうするんだ?って思うのです。

 

別に地元をでることがいいわけではない。

なんか、私の人生の後悔を書いてきたみたいになっております(苦笑)。

テレビ番組にある、「しくじり先生」みたいだ。

 

たまたま、私は「外に出たい」という特性を持っていた人なんだと思います。

でも、田舎だったり、家庭のことだったり、いろんな条件が重なって「大学進学」が、一番大きな転機だった。

自分の性格的に、ある程度の街に住んでいて、日々多少のワクワクがあったら、そこまで遠くにこだわらなかったんじゃないかな、と今は思います。

(実は1年間浪人したときに、電車通学をしたのですが、その1年はものすごく充実していた)

 

進学のときにはすでに目の前の進学だけではなく、卒業後にどうするかまで具体的にイメージをして、進学先を選んだり、地元に残っている友達もたくさんいました。

私は、精神面の成長が遅かったので、たぶん2割増しの時間が必要だったし、今みたいにネットも何もない時代ですから、情報についても少なかった。

 

だから、せっかく情報も得られる時代に生きている子たちが、どんな場所に住んでいようと、どんな経済環境にあろうと、自分の人生は、自分で決められるとか、選べるとか、そういう当たり前のことができるといいなと思うのです。

 

しくじり先生じゃないけれど、先人が失敗したこととか、活かしきれなかったことを、次の世代が生かしていってほしいのです。

 

現代は色々とややこしいので、なかなかうまくいきませんけども、家族だけで抱えるのではなくて学校や地域や、とにかく大人たちは、子どもたちが、自分で選べるような環境を作っていけたらいいなぁと、つくづく思うのです。

 

そう考えると、最近の学校は、職業体験とかよくやっているし、地域の人を講師に呼ぶとか、そういうの力を入れているのかもしれませんね。

公立学校って、やっぱり最終ラインなんですよ。特に経済的に厳しく家庭の支えも無理、地域もそこまで手を出せないってときに、最後は学校だと個人的には思っています。

 

学校を外れてしまうと、もうそれ以降は、もう子どもの責任に任せられやすいというか、すごくね、背負うものが大きくて辛いですよ。

 

先生たちの負担はいかほどか・・・(=_=)と心配はしておりますが。

 

 ま、自分ができることと言えば、身近な子たち(甥姪、親友の子)を、横からちょいちょい気にする(むしろ癒される?)ことと、こうやってブログ記事を書くことですかね。とりあえず。

 

そして色々書いてきたけれど、自分はこの人生の歩み方でしょうがなかったと思っているし、どんなに良いものを与えられても、環境を整えられても、自分で消化するのには時間がかかる人間も一定数はいるはず。

何がいいかなんて、そのときは「それが一番いい」「そうするしかない」と思って生きているから、最後死ぬときにHAPPYだったな、って言えればいいか、とぼんやり考えて終わりにしたいと思います。

 

では。ありがとうございました。

 

 

 

 

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