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つぶやき。イノッチの優しさ。ひよこボタンを妄想してみたよ。

TwitterのTLで話題になっていたのですが、

 

あさイチで、またもイノッチがね、優しいアイデアを出したそうです。
その名も「ひよこボタン」。

 

ネット上では、すごく賞賛されていて、私もちょっと妄想したりしてみました。

で、考えたことをつぶやきます。

 

あれ?ちょっとネガティブ思考多めかも。

 

イノッチ「電車にひよこボタン」があったらどう?

実際の放送を見ていなかったので、ツイッターのTLで知りました。

www.huffingtonpost.jp

 

ひよこボタン想像してみた。

バスの降車ボタンみたいに、壁についているわけ。

で、子供が泣いたら「いいよー、泣いてもいいよー」っていう「いいねボタン」的に押すと、「ピヨピヨ♪」ってなるのです。

 

最初は「えっ、いいじゃん」って思ったんだけど、いやいやちょっと待てと。

 

実際に壁にあったら「押しますか?」

みんな戸惑うでしょうね。

最初は「なんだこれ?」だろうし、押すまでに勇気がいるというか。

 

 

あとは、どれくらいのボタンをつけるかだよ。

壁際にしかなかったら、そこにいる人だけにプレッシャーが・・・。

「あの人押さないのね」みたいな目もあるし。

遠くから「押して」って言うのもなぁ、って。

 

でも、それに負けずに押せることが必要だね。

そのためには、サクラ的な人がいるといいと思うよ。

 

1日中電車に乗っていて、ボタンを押すだけの簡単なおしごと・・・。

どう?

 

ひとりひとりがスマホにアプリはどうか。

世の中には、やっぱり技術がある人がいて、さっそくアプリを作ったとか。

すごいー。

 

 

皆がスマホでこっそり押すというものらしい。

これなら押しやすいかもー。

 

いやいや、待って。

電車の中で、あちこちから「ピヨピヨ♪」「ピヨピヨ♪」って聞こえてきたら、どうなんだろう?

本当に、ほんわかします???

 


LINEとかメールの着信音ですらイラっとする人がいるのに、ピヨピヨが本当に優しい音になれるのだろうか???

 

個人的には、よほど癒しの音じゃないとと思うよ?

 

結局、イラっとする人はするんだろうな。

子供がいたら、「あいつらが泣いたら、またピヨピヨするんだろ?」みたいに、ぐずってもない子にすら、視線が冷たくなったりとか、乗ってきた時点でイライラしちゃうとか。

 

 

障害がある人、妊婦さん、可愛いマークをつけたりしていても、そのマークに興味がない人は、いまだに心ない態度を示しているし、知っていても、その方たちの体調に思いをはせることができない人は、ひどい対応をしている人もいるんだよね。

 

あぁ、でも、もし子供がぐずっているときに、そういうひどい場面に出会ってしまったら、ピヨピヨ合唱がまず始まっていくのは応援団みたいになれるのかな。

 

うーん、どうかなぁ。。。。

 

根本的な部分ってなんだろう?

ピヨピヨボタンを発想する根底には、イノッチの優しさがあって

 

お母さん、お父さんも気にせずに電車に乗れて、子どもとのお出かけが楽しい時間になってほしいってことなのかなって。

 

で、ピヨピヨボタンを押せるくらいの、ユーモアとか余裕のある社会であってほしい 

とか、

ボタンで応援するのも大事なんだけど、見ず知らずの人でも子供に声をかけることが許される社会であってほしい、ってことかな。

 

今の世の中が恐いのはさ、親御さんたちが周りに気後れするだけではなく、周りに対して不信感を抱かずを得なかったり、周りの人も「不審者」に見られる可能性を恐れて見て見ぬふりをしてしまうというか。

 

子供を見てほほえんでた(つもり)ら、逆に親からにらまれた、とかね。

 

あと、親が子どもと対話していないとかね。

親は、一方的に子どもを叱るだけで、せっかく子どもが静かになったのに褒めない、とか、親はスマホに夢中で、こどもと会話しない、とか

 

そうじゃなくてさ。

 

なんていうか、複雑なんだよね、現代。

特に都会は。

 

 イノッチの意見で、根本的なところが話題になればいいと思うのよ。

 

イノッチのすごいところは、こういう意見を出してくれることで、世の中に取り上げられて、考えるきっかけをくれること。

 

今までもそうだったと思う。

 

ひよこボタンを作ればいいってものではなくて、その根底の考え方をどうやって普及させるかを一緒に考えたりできるのがいいんだよね。

 

私は、ピヨピヨもいいんだけど、子どもとかお母さんとかに声をかけられる社会であってほしいなぁ。(ていうか、子供を構って自分が癒されたいから)

 

まとまりませぬが。

 

ではまた。